国公立や有名私立大学のアルバイト講師なら、指導教科に対するそれなりの知識はあり、生徒の質問にも十分答えられるでしょう。例えば、生徒から

「マツは何植物ですか？」と尋ねられたら、多分

「裸子植物だよ。裸子植物は子房がなくて胚珠がむき出しになっているのが特徴だね。」というような解答が戻ってくるでしょう。もし、これで満足するのなら、我々との違いはありません。しかし、我々が同じ質問をされたら、この後に、

「そして、入試に出題される裸子植物のなかまは、マツ・スギ・ソテツ・イチョウ・ヒノキの５つだから一緒に覚えておこうね。」と付け加えるでしょう。他にも、

「南北戦争の時の大統領って誰ですか？」と尋ねられたら、

「リンカーンだよ。南北戦争は工業が発達して工場で働く人手がほしいから奴隷解放を求めた北部と綿花畑などで奴隷を使って耕作をさせていたので奴隷制度賛成の南部の対立から始まったんだね。ついでだから少し説明すると、１８６１年に奴隷制度反対の立場のリンカーンが大統領になり、南部の州が分離独立を言い出したので、アメリカ国内が南北両軍に分かれて戦ったのだね。途中の１８６３年にリンカーンが"奴隷解放宣言"を出したのは覚えておこうね。最終的に北軍が勝利を収めたのは覚えてる？だから、リンカーンが大統領なんだよ。もし、南軍が勝っていたら、南部だけで勝手に選んだ別の人(ジェファーソン・デヴィス)になっていたかもね。」というような説明がされるかもしれません。しかし、われわれなら限られた時間では、南部の独立云々は省略して

「アメリカの大統領で入試に出るのは５人だから、あと４人覚えようね。まず、独立戦争の時のワシントン。次がこのリンカーン。そして、日露戦争の終戦を仲立ちした、ポーツマス条約の時のＴ・ルーズベルト。でもこの人は名前は覚えなくていいよ。４人目が第一次世界大戦の後のパリ講和会議で民族自決と国際連盟の設立を主張したウィルソン。そして、世界恐慌の後にニューディール政策を実施したＦ・ルーズベルトだよ。ルーズベルトが２人出てくるので、ポーツマス条約の時に仲立ちをしたのはアメリカの大統領とだけ覚えておけばいいよ。」という内容を追加するでしょう。

　もうお分かりですね。アルバイト講師でもそれなりの大学の学生なら、質問に対して的確に答えてくれるはずです。でも、中学校の教科書の内容を完璧に把握したり、高校入試の出題傾向をきちんとつかむことは難しいでしょう。結果として、上の例のように入試に対するアドバイスが的確ではなかったり、中学での指導内容を超えたりしてしまうのです。さらに付け加えておくと、大学生が中学校の時の知識が完璧だとしても、それは１つ前(今は使われていない)教科書の知識なんです。教科書が改訂されると新しい学説や研究結果を反映して表記が変わります。我々は、最新の(今生徒が使っている)教科書の記述に従って指導内容を変えていきますが、アルバイト講師が同じことができるかは疑問です。

　いくつか例を挙げると、保護者の方たちが使っていた教科書と今の教科書では異なるものとして、算数の単位の「リットル」は「ℓ」から「Ｌ」に変わっています。理科では、オームの法則で電圧の大きさを表す文字が、「Ｅ」から「Ｖ」になりました。脂肪が消化されてできる「グリセリン」は「モノグリセリド」に、「優性・劣性」は「顕性・潜性」に、裸子植物の花粉が入った袋は「やく」から「花粉のう」にかわっています。被子植物の花にある「がく」は時期によって「がく片」と表記されていました。太陽系の惑星から「冥王星」が外れたのはニュースでも騒がれたのでよくご存じでしょう。社会は、地理や公民では制度の変更や社会の変化でさまざまな内容がほぼ毎回変わっています。ただ、事実が固定されている「歴史」においても、学説が変わったり新しい事実が分かったりして出来事の名称などが変わっています。新しい化石が発見されるので、人類の発生は新しい教科書が出されるたびに早くなっています。「大和朝廷」は「ヤマト王権」に、「島原の乱」は「島原･天草一揆」に、「セポイの乱」は１回だけ「シパーヒーの乱」、今は「インド大反乱」になるなどです。また、教科書会社によって表記が異なり、入試をはじめとするテストなどではどちらでも正解となるものに「桃山文化」と「安土桃山文化」、「大坂」と「大阪」、「下関条約」と「日清講和条約」、「共和制」と「共和政」、「リンカーン」と「リンカン」、「ルーズベルト」と「ローズベルト」など例を挙げるときりがありません。

　これらのことをきちんと把握している大学生がどれだけいるか疑問です。つまり、自分で学習を進めて行くタイプの一部の上位陣なら、少し効率は落ちますがそれでもなんとかなるでしょう。でも、何をやっていけばいいのか指示をしてほしい。入試までの取り組みを自分で計画を立ててやるなんてとても無理だというほとんどの中学生には対応できないと考えておいた方がいいでしょう。念のため付け加えますが、何とかなるのはある程度の偏差値の大学の学生です。Ｆランク大学等地方私立大などの学生は正しい答えが返ってくるかが疑問な場合もあることは承知しておいて下さい。